他人へのやさしさは時としてヒエラルキーを生んでしまう
「開催しているイベントが楽しくないんです」
先日、WSAの勉強会で参加者からこんな話が出てきた。
イベントを主催しているんだけど、そのイベントを楽しむことができないらしい。
参加者に楽しんで貰うために頑張って準備しているイベントを主催者が楽しめない。
これは、なんとも荒唐無稽な話。
参加者に本当に楽しんで貰いたいのであれば、開催している自分がまずは楽しむことが大切なんだよね。
僕は、以前、バンドを組んでライブをしていたんだけど、その時に分かったことは、ステージの上の自分たちが楽しんでなければ、観客は楽しめないってこと。
演者が楽しんでないのに、それ以上に観客が楽しいわけがないのよね。
そして裏を返すと、観客が楽しんでないなって感じるってことは、自分自身が楽しんでないってことで、結局は、自分の状態が鏡のように観客の状態に現れるのよ。
その場を楽しい場にするためには、まず自分からだな、スタートは自分からだってことをバンド時代に気が付いたのよね。
で、セミナー講師になってから、その実感があって、講師の自分が緊張してると参加者は緊張するし、自分があまり楽しめてないと参加者も退屈そうにしちゃうのよね。
だからさ、講師であれ主催者であれ、参加者に楽しんで貰うには、まずは自分が楽しめるようになることって大事だなって思うのよ。
とはいえさ、参加者を楽しませるために、どうしても頑張っちゃって、自分が楽しめなったりするのよ。
もっと参加者を楽しんでもらいたい!
その気持ちが強くて、自分を押し殺して頑張っちゃう人がいるんだよね。
それは、やさしさなんだ。
やさしいから、もっと参加者に楽しんで貰いおうと頑張る。
でもね、自分へのやさしさを忘れてしまってるんだよな。
自分へのやさしさをすっ飛ばして、他人にやさしくする。
ハッキリ言って、無理だから!
自分を苦しめながらやさしくされても、気が引けちゃうから。
やさしくされて嬉しいけど、心からは喜べないから。
だからさ、人にやさしさを示したいのであれば、まずは自分にやさしさを示すことからスタートしないとね。
イベント主催者がイベントを楽しめない。
この原因は、自分ひとりでイベントを創ろうとするからなんだよね。
参加者を楽しませたい!
だから、わたしが頑張ってみんなを楽しませなきゃ!
こうして、自分ひとりでイベントを創ろうとするから、自分が苦しくなるし、楽しくなくなる。
イベントは、自分一人で作るものじゃないんだよね。
誰か一人が頑張ったからって、良いイベントに仕上がるわけではないんだよね。
イベントって、主催者がいて、参加者がいて、スタッフがいて、施設関係者がいて、色んな人が関わってつくられていく。
彼らと一緒に創るから、最高のイベントになるんだよね。
これを一人でなんとか頑張って創ろうとするとね、そこには、作った人とつくってもらった人という分離感が生まれるのよ。
ヒエラルキーが生まれるのよ。
そんなイベント、心から楽しめる?
やさしい人はさ、誰かのために頑張っちゃう。
でも時として、自分のやさしさを置いてきぼりにしちゃうから、自分が苦しくなる。
そして、うまくいかないと、
「こんなにみんなのために頑張ってるのに」
って自分や誰かを責めちゃうときもある。
自分へのやさしさを忘れると、そうして場をコントロールしようとしてしまうし、それによって、分離感、ヒエラルキーを生んでいくんだよね。
他人へのやさしさが強いからこそ、そうなってしまうことが何とも悩ましいところだね。
イベントを主催者が楽しみたいのであれば、まずは自分にやさしさを示すこと。
そして、イベントのために自分ひとりが頑張るのではなく、みんなでイベントを創っていくこと。
それがみんなが楽しめるイベントを創るために大切なことだと、僕は感じる。
そして、みんなに創る機会を与えるのもやさしさなんじゃないかと思うんだよね。