映画『ニューヨーク公共図書館』を観て感じた新世界の図書館の在り方
昨日、友人から紹介された映画を観てきたよ。
観てきた映画は、
ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス
これは、ニューヨークの公共図書館の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画で、図書館に何があり、何が行われているのか? 運営のためにどのような話し合いが裏でされているのか? などを知ることができる。
上映館が少なく、東京でも3,4館ほどでしか上映されていなくて、しかも、一日一回しか上映されなかったりする。
そういう理由かどうかはわからないけど、昨日行った映画館はほぼ満席だったね。
この映画、映画としてみるとぶっちゃけあまり面白くない。
全体の脈絡がよくわからなくて、単に図書館の紹介をしているような内容に感じちゃったんだよね。
だけどさ、「図書館をつくる」という視点で観ると、いろいろと感じることが多い作品で本当に良い刺激になった。
印象的なのは、
「図書館は単なる書庫ではない」
という言葉。
ニューヨーク公立図書館は、単に本が置いてあるだけではなく、本や資料を通じて夢をカタチにすることに意識が置かれているんだよね。
さまざまな講演やコンサートが行われ、無料のパソコン教室があったり、子どもがプログラミングを学ぶ場があったり。
電子図書を貸し出されるように、ライセンスの許可を取りに行き、Wifiが家にない人のためにモバイルルーターを貸し出して、家で電子図書が読めるようにしたり。
図書館の外にいても図書館を利用できるように、さまざまな取り組みをしているのがとても参考になった。
この映画、上映時間が3時間を超える長さで、昔の映画みたいに中盤で一回休憩時間を挟むくらい長いし、感情的な盛り上がりに欠けるから、途中ウツラウツラしちゃったんだけど、なんとか頑張ってみた甲斐があった。
僕は、新世界図書館をつくりたいと思っているのだけど、そこでやりたいと思っていることをすでにニューヨーク公共図書館がやっていて、それを知れたというのが大きな収穫。
そして、ニューヨーク公共図書館にある課題も見えてきたので、そこを知れたってのも嬉しいところ。
図書館の抱える課題はいくつかあるのだけど、一つは予算。
どんなに優れた図書館だとは言え、資金援助がなければ運営を続けられないし、新しいことも始められない。
やりたいことがあっても、予算の枠内で抑えなければならない。
お金の問題ってのが、大きな課題の一つ。
そして、ホームレス問題。
ホームレスが昼寝をするために図書館に入ってきてしまったときに、どうするか? って問題がある。
大きく門戸は開かれているとはいえ、本を読まず昼寝にくるホームレスに長居させることは、図書館にとってどうなんだろうか?
セーフティは保たれるのか?
みたいなことも話されてた。
他にもいろいろと課題が映画の中で感じ取れたんだけど、こうした課題というのは、新世界図書館をつくるうえでもぶち当たること。
なので、今のうちに知っておけたっていうのは、とても嬉しいね。
僕はこれまで図書館に出向いて、課題を探してきたのだけど、その根底にある原因は『分離感』だと感じてるんだよね。
例えばさ、図書館を提供する側と利用する側の分離感。
職員と利用者という分離感。
そうした分離感が様々な問題を引き起こしているなって。
ニューヨーク公立図書館はだいぶ分離感がなくした運営がされているように感じるのだけど、その課題を見ると分離感を感じてしまうんだよね。
お金の問題にしても、運営の問題にしても、図書館の職員だけで解決しなくてもいいのにな、って僕は思うんだよね。
さまざまな課題を職員だけで解決する必要はない、って思うんだよね。
図書館の問題を誰か特定の人だけではなく、解決したい人みんなで解決していったら良いと思うんだ。
図書館の利用者を含め、みんなで図書館を創る。
図書館という場を与えられるのではなく、一緒に創っていく。
分離感をなくしちゃってさ、みんなで図書館を創っちゃったら、運営しちゃったらいいと思うんだよね。
全ての人が運営者であり、全ての人が利用者であり、全ての人が応援者である。
そこを分けなくてもいいかなって。
少なくとも僕の創る新世界図書館には、そんな分離感は持ち込みたくないなぁ。
分離感がなく、全てが調和されている。
そんな図書館を創りたい。
この映画を観て、改めて感じたのでした。